
【連載記事 第3回】防水性能が破綻する瞬間──溶接歪みが招く“マイクロギャップ”の恐怖
はじめに
スマートフォンやウェアラブルデバイス、屋外に設置される精密機器など、私たちの身の回りには「防水性能」を謳う製品が溢れています。しかし、その信頼性を静かに、そして根底から覆す「見えない敵」が存在することをご存知でしょうか。それが、溶接などの加工時に生じるごくわずかな歪みが原因で生まれる「マイクロギャップ」です。
本記事では、このマイクロギャップがどのようにして鉄壁のはずの防水性能を破綻させるのか、その構造的メカニズムと、国際的な防水規格との関係について詳しく解説します。
シール構造とその評価基準の理解
製品の防水性能は、多くの場合、緻密に設計されたシール構造によって実現されています。その基本と評価基準をまずはおさえましょう。
ガスケットとフランジのシール原理:鍵は「平面性」
防水構造の最も基本的な要素が、「フランジ(接合面)」と「ガスケット(パッキン)」です。ガスケットを2つのフランジで挟み込み、均一な力で圧縮することで、その弾性を利用して表面の微細な凹凸を埋め、水の侵入経路を完全に塞ぎます。
この原理が機能するための大前提は、フランジ面が限りなく「平ら」であることです。接合面に歪みやうねりがあれば、どんなに高性能なガスケットを使用しても、均一な圧縮力をかけることはできません。まさに、この平面性の確保が、防水性能の成否を分ける生命線となります。
防水性能のものさし「IP等級」
製品の防水性能は、「IP等級(International Protection Code)」という国際規格で客観的に評価されます。特に防水性能は「IPX」に続く数字で示され、数字が大きいほど高い保護性能を持ちます。
- IPX4:あらゆる方向からの水の飛沫に対する保護
- IPX5:あらゆる方向からの噴流水に対する保護
- IPX6:あらゆる方向からの強い噴流水に対する保護
- IPX7:規定の圧力、時間で水中に浸漬しても有害な影響を受けない(一時的な水没)
- IPX8:メーカーと使用者間の取り決めによる、より厳しい条件下での継続的な水没に対する保護
等級が上がるほど、製品にはより強力で確実な密閉性が要求されます。特に水圧がかかるIPX7やIPX8の環境では、ごくわずかな隙間も許されません。
マイクロギャップが生み出す致命的な問題
ここで本題の「マイクロギャップ」です。溶接の熱などによって部材に反りや凹凸といった「歪み」が生じると、フランジの平面性が損なわれます。その結果、ガスケットで埋めきれない、目には見えないほどの微細なすき間、すなわちマイクロギャップが形成されてしまうのです。
このマイクロギャップは、IPX7やIPX8が想定するような高い水圧がかかる環境では、ダムの小さな亀裂のように、容易に水の侵入を許す致命的な欠陥となります。
さらに恐ろしいのは、直接的な浸水だけではありません。マイクロギャップは湿気の侵入経路ともなり、以下のような二次的なダメージを引き起こします。
- 内部結露:機器内外の温度差で内部に水滴が発生し、電子回路のショートを引き起こす。
- 腐食:湿気により金属部品が錆び、性能劣化や故障の原因となる。
- 電子部品へのダメージ:湿気は電子部品の絶縁性能を低下させ、誤作動や寿命の短縮を招く。
これらの問題は、製品の長期的な信頼性を静かに、しかし確実に蝕んでいきます。完璧な設計も、製造工程で生じるわずかな歪み一つで、その価値を失ってしまうのです。
第3回まとめ
今回は、溶接歪みが引き起こす「マイクロギャップ」が、いかにして製品の防水性能を根本から破壊するかを解説しました。
「わずかな変形が、防水性を完全に破壊する可能性がある」
この事実を前にすれば、製造プロセスにおける歪み制御と、徹底した平面度の確保がいかに重要であるかをご理解いただけたかと思います。
では、この目に見えない恐怖に、製造現場はどう立ち向かえばよいのでしょうか。
次回は、その有力な解決策として、ロボット溶接がもたらす“予測可能な品質”について、具体的な事例を交えながらご紹介します。

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